犬が散歩を大好きな理由

写真は栃木の山中で飼い主のハンターと散歩を兼ねて狩猟訓練中のアイリッシュポインター。この距離からでも楽しそうな表情が伺える。

愛玩動物飼養管理士の試験課題に曰く

「人間に飼われ始めた当初の犬は、狩りを手伝う狩猟犬だったと考えられている。」

これが、日本の愛玩動物飼養を束ねる公益社団法人の公式見解であり、僕はこれに与するものだ。

一方で

「犬の家畜化は原始時代集落のゴミに惹かれて集まった狼が番犬の代わりをしたのが始まり。」

とする仮説も根強く残っている。

実は後者の仮説の元になったと思われる有名な話がある。

ハイイイロガンの刷り込みの研究によりノーベル賞を受賞したコンラート・ローレンツ博士の名著「ヒト、犬にあう」の序文に書かれた、ジャッカルと原始人のふれあいの記述がそれだ。

ローレンツ博士はこの本を書いた当時、犬の祖先の多元説を唱えており、著書の中でも犬には狼起源の犬と、ジャッカル起源の犬がいると主張していた。しかし、最新の学説のほとんどは犬の祖先をハイイロオオカミだとしている。実はローレンツ博士自身も「犬の祖先は狼だったと思われる」と後年自説を修正している。しかし一旦発表された本の方は名著であったこともあり、ジャッカルの下りもそのままに未だに販売が続いている。僕と同世代くらいの犬好きなら 「ヒト、犬にあう」 と 「ソロモンの指輪」 を両方読んだ方も多いだろう。

近年の学説では、狼が家畜化され犬になった場所は中東から東アジアまで諸説あり、その時期も13万年以上前とするものから、1万5千年くらい前までと幅広い。共通するのは全て犬の祖先を狼としている点だ。

では初期の犬は、狩猟目的で飼われていたのか?それとも集落の周囲に漠然と群れていた残飯漁り兼番犬だったのか?この事について考えてみよう。それが明らかになれば、犬が散歩を大好きな理由も理解できるはずだ。

ローレンツ博士は、ジャッカルも犬の祖先だと考えていた。そのため、原始人の集団がアフリカを旅するとき、ジャッカルを残飯でひきつけ、その警戒心を利用して、ジャッカルより恐ろしい猫科の大型肉食獣が近づいた時、それを知らせてくれる番犬としてジャッカルを飼いならしたとする仮説を唱えた。だがその仮説には、何も根拠が示されていない。

では、狼を番犬代わりに集落の周囲に群れさせたという話は有り得たのか?

僕はこれについては否定的だ。

まず番犬として機能するには、外敵が来た時に吠えたり、騒いだりして人間に知らせなければならない。この点について狼と言うのは、犬とは大違いの生き物で、そもそもワンワンワンと吠えてくれない。また外敵が来ると、騒いで相手を追い払うより、速やかに立ち去るのを選ぶ方が多い。

これは狼と言う肉食獣が、群れで協力して獲物を捕らえるように進化した生き物であることと関係している。狼は持久力に物を言わせて長距離を走り続けることが出来る。獲物を追いかけて疲れ果てた状態で仕留めるという狩猟方法が主なため、猫科の肉食獣が行う待ち伏せや忍び寄りからの短距離追跡という狩猟方法をあまり取らないのだ。

このため狼が外敵に襲われたときも走って逃げるという選択をすることが多い。

強敵に襲われた狼は、守るべき子供でもいれば別だが、ヒラリと敵の攻撃をかわし、軽々とした足取りで走り去る事を選ぶ。本気で逃げる狼を追跡し追い詰めることが出来る野生の肉食獣は皆無と言っていいだろう。この狼特有の軽やかな走りを説明する適切な例がすぐに思い浮かばないが、以前NHKのドラマに乃南アサさんの小説 「凍える牙」 を映像化したものがあった。番組の中で狼犬疾風はヒロイン音道貴子(天海祐希)の操るCBX400Fを従え、中央高速から首都高湾岸線まで悠々と走り抜いて見せた。その姿は狼の持久力と速力をリアルに表していたと思う。

話が脱線した。つまり狼が原始人の村落の周りに群れていたとしても、外敵が来れば狼たちは三々五々逃げてしまい、番犬の役になど立たなかったと思われるのだ。

もう一つ狼が原始時代の村落の周囲に漠然と群れていた可能性を否定する要素がある。

それは狼の大きさと餌となる肉の要求量だ。

狼の大きさは亜種や地域によって異なるが、大柄な個体は体胴長100cm、肩高60cm以上、体重50kgと言う大型犬並みの体躯を持っている。また野生の狼は植物も食べるが、主食は肉で一回に数kgも平らげる大食漢でもある。そんな動物が原始人の村落が出す残飯程度で、常時そこにとどまるようなことがあったとは思えない。

そもそも、並みの大型犬より大柄な野生の肉食獣が、集落の周りに群れていたら、それこそ人間にとって脅威以外の何者でもなかっただろう。また現存する狩猟採集民は獲物の解体を猟場で行い、持ち帰った肉は一族郎党で食べつくし、肉食動物が村落に近づかないように細心の注意を払う。理由はそうしないと彼ら自身に危険がおよぶからだ。

つまり、初期の犬=村落の残飯に惹かれて集まった狼=番犬説は、ジャッカルサイズならともかく、狼のサイズ及び行動や習慣では可能性が低かったと思われるのだ。それでも集落の周囲に群れる狼と言う話が気になる方は、北海道の旭山動物園のオオカミの森を夕方の給餌時間に訪れてみて欲しい。あそこなら安全に狼の群れに囲まれる切なくも空恐ろしい感覚を体験できることだろう。夕闇が迫る中、自分の周りを影のように走りまわり、遠吠えを交わす狼たち。それはロマンチックだが強固な障壁なしに体験したいことではないはずだ。

ちなみに僕は犬も狼も大好きだが、人間に社会化されていない狼や野犬の群れに囲まれて暮らしたいとは絶対に思わない。命が惜しいからだ。

では初期の犬=家畜化された狼は、狩猟の手伝いをした、とする説はどうなのだろう?

狼も馴致を経て訓練すれば、ウイグル族の雑技団が行っているようにサーカス芸さえ覚える。中国の内陸部では狼犬を警察犬として使役している例もある。だからこちらは十分成立しうる話だ。だがそれには条件がある。狼の幼獣を社会化期のうちから飼い始め、人間社会の一員として社会化し、村落の内部で直接飼養する必要があるのだ。

直近のdogactuallyの記事に「先史時代、犬は女性の友だった」と言う話があったのを覚えておられるだろうか?

僕はこれを読んで、狩猟採集生活を送っているアボリジニの母親が、ディンゴの子供に自らの母乳を与えて育て、そのディンゴを猟犬として使役するという話を思い出した。

狼やディンゴの社会化期はイエイヌより短く厳密だ。この社会化期の幼獣を原始人が飼いならす以外、狼から犬への家畜化は有り得なかったと僕は考える。意図的な選択繁殖による累代飼育を行えばキツネでも家畜化が起きるのは直近の研究でも明らかだ。おそらく狼も狩猟採集の際の有用性から、原始人が意図的に馴致したことで家畜化されたのだろう。

さて、この話と犬が散歩を大好きな理由とどう繋がるのだろう?

以前の記事でも触れたが、僕は犬にとっての散歩は、狩猟や縄張りの見回り行為の代替だと考えている。つまり犬の祖先の家畜化された当初の狼も、自分の擬似的な親であった原始人と一緒に毎日のように散歩=狩猟に出かけたと考えているのだ。

狼から犬を作り出した時代、人類はまだ狩猟採集民だった。そして人類はしばしば強大な肉食獣に襲われる被食者でもあった。しかし人類は狼と言う生態系のトップにいた肉食獣を飼いならし、その力を我が物とすることで、自らも生態系のトップに立つことが出来た。なぜなら狼は自分の群れのメンバーなら真剣に守り協力しようとするからだ。そして人類を生態系ピラミッドのトップに押し上げる原動力となったのが、犬と人が協力して行う狩猟だったと僕は考えている。

おそらく初期の犬と原始人は毎日のように狩りに出ただろう。その暮らしは短くとも1万5千年以上前、もしかしたら10数万年以上前から続く習慣だったかも知れない。そして犬と人は協力して猟を行い獲物を得た。

日本における例だが、縄文時代人は亡くなったハンターと猟犬を一緒に葬った。これは残飯に惹かれて村落に群れているだけの存在に行うような待遇ではない。縄文人は勇敢な猟犬としてハンターと共に野獣に立ち向かい、不幸にも命を落とした犬に敬意を払ったからこそ猟犬とハンターを一緒に葬ったのだ。おそらく初期の犬も同じように扱われていたことだろう。

犬が散歩を大好きなのは、こうした原始時代までさかのぼる、飼い主と一緒に猟に出る習慣=犬と人が共に働き日々の糧を得る行為、現在では犬と飼い主が一緒に散歩に出かける習慣を犬たちが今も持ち続けているからだ。僕はそんな風に思う。

だから我々飼い主は犬との散歩を絶対にサボってはいけないし、散歩と言う行為をおろそかにしてはならないのだ。

著者:史嶋桂
転載元:犬が散歩を大好きな理由 | dog actually - 犬を感じるブログメディア


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