ハチと教授の出会い

引用の出典元:hashigozakura.wordpress.com

ハチは大正12年11月に秋田県大館市で生まれました。
「秋田犬が飼いたい」と探していた東京帝国大学(現在の東京大学)の上野英三郎教授とハチが出会ったのは翌年のお正月のこと。

上野夫妻と書生さん、それに元々いた二頭の犬たちに囲まれてハチは幸せに育ちました。

物語では駅に送り迎えをするハチの姿がよく描かれますが、実際ハチは必ず玄関先や門の前、更には駅で上野教授を見送っていたようです。

時には渋谷駅までお出迎えをすることもありました。

教授の突然の死

引用の出典元:furusato-shinbun.jp

しかし教授とハチの幸せな時間は長くは続きませんでした。

ハチを迎えてから17ヶ月、上野教授は脳溢血で倒れそのまま帰らぬ人となりました。

ハチは帰ってこない教授を心配してか、教授が亡くなった日から三日間は何も食べなかったといいます。

教授のお通夜の日にもハチは他の二頭の犬といっしょに渋谷駅で教授を待っていたそうです。

教授を待ち続けるハチ

引用の出典元:getnews.jp

教授の死後、ハチは小林さんという方に飼われることになりました。

小林さんはハチを可愛がりましたが、ハチは教授のことが忘れられず渋谷駅に通い続けます。

渋谷駅に通う途中、今はもう他の人が住む昔の家を窓から覗いていたそうです。

渋谷駅に通うハチを可愛がってくれる人もいれば、心ない悪戯をする人もいたといいます。

そんなハチを救ったのは日本犬保存会の斎藤会長です。
彼はハチの記事を新聞に寄稿し、一躍ハチは有名になりました。
いたずらをしていた人たちも、ハチを可愛がるようになったといいます。

ハチの銅像もこの頃作られ、除幕式にはハチ本人も出席しました。

天国で再会した教授とハチ

引用の出典元:portal.doyu-kai.net

ハチが亡くなったのは、教授の死から約10年後のことです。
死因はフィラリアと末期癌、そして焼き鳥の串を飲み込んでしまったことでした。

犬についてあまり正しい知識のない時代でした。

ハチの死後、告別式が行われ多数の人が参列したといいます。
ハチのお墓は東京青山にある上野教授のお墓の隣に建てられました。

今も、ハチのお墓には多くの人々が訪れています。

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Tsunayoshi しおすけ
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